100年前から、あるいはもっとずっと前から。人間の本質がそんなに変わってきているとは思えません。何も変わっちゃいない。と思います。明治大正昭和、江戸や安土桃山、いやいやもっとずっと前の縄文時代から。

人間は基本、面白いこと楽しいこと奇妙なことに興味関心がある。あるいは自分に直接かかわりのある不如意な事柄に。誰かに与えられたり、命令されたり、強制されたり、そんなことでは一歩も前には進まない。

アクティブ・ラーニング 能動的に積極的に主体的に自ら学ぶ、ということです。昨今の教育界の流行り言葉。だがしかし、学ぶということはそもそもそういうこと。つまり自ら積極的に学ぶことでしか学びではあり得ない。

変化したのは見かけの制度にある。学校という制度が近代になって生まれ、日本国にも導入された。そして昭和の中ごろから後半にかけて進学率が急激に高まる。大半の人が高校に進学し、そしていまや大学に進学する。

正直にいうと、室内で多くの時間を費やす勉学に最適な性質を兼ね備えている人物などそう多くはいない。たとえそうであってもこのような肥大した教育環境でわれわれは生活せざるを得なくなっている。

通過儀礼となっているこの悩ましい日常をいかに有益なものにできるのか。俺たちはつつましく穏やかでささやかな努力を日々こつこつと続けるしかないのである。希望を持ち続けて。